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あなたの家の「暖房」は「暖房」ではありません!?

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健康長寿時代の「体に優しい快適暖房」を知りたくありませんか??

今回も独断と偏見で、旧暦のお話から、入らせていただきます。

小正月

 いにしえの昔、日本では、満月の日を年のはじめとして正月を祝っていました。その後、大陸の暦が伝わり、新月=一日(ついたち)とする太陰暦が用いられるようになって、新年を新月の一日に迎えるようになりました。
 ですから太陰暦では十五日がほぼ満月にあたり、その日に「小正月(しょうそうがつ)」を行うのは満月=正月だった古代の名残りともいわれています。
 十五日には、左義長(さぎちょう)(どんど焼き)といって盛大に焚き火をして、正月飾りや書き初めの書を燃やします。高く上る煙に乗って、年神さまは天に帰り、書の腕前は上達するといわれるとおり、「どんどや、どんど」と火の勢いを囃して見送るならわしです。

健康長寿時代の「体に優しい快適暖房」を知りたくありませんか??

冬にストーブで体を温めるという考え方は、「暖房」の手段として必ずしも正しくありません。これは昔ながらの囲炉裏や焚き火と同じように「採暖(さいだん)」と言うべきものです。暖房の「房」とは部屋を意味しますから、本来は部屋や建物全体を暖めることであり、「採暖」と「暖房」は区別して考えると分かりやすくなるでしょう。


冬にストーブで体を温めるという考えは、「暖房」の手段としては必ずしも正しいとは言えません。これは昔ながらの囲炉裏や焚き火と同じように「採暖(さいだん)」というものです。暖房の房とは、部屋のことを意味しますから、本来「暖房」は部屋や建物全体を暖めることになります。「採暖」と「暖房」は区別して考えると分かりやすくなるかもしれません。
 建物のプランや外皮(外壁や窓)を計算することで、冬の暖房にかかるエネルギーを大幅に減らし、快適な室内環境をつくることができるのです。よく勘違いされることがあるのですが、断熱を良くすれば、暖房はいらなくなるのと聞かれます。しかし、いくら断熱性能を高めても無暖房というわけにはいきません。やはり暖房器具の助けも全くなしというわけにはいかないのです。ではその「暖房」とは何なのかを考えてみたいと思います。

暖房は人体を「加熱」するものではありません

 冷房時はもちろんのこと、冬の暖房時でも「人体は熱を常に放出している」ことを頭にいれておかなければなりません。


身体の熱収支がプラスになるほど温めては、人はオーバーヒートして死んでしまいます。適度に空気や放射温度を整えるのが暖房の役割なのです。
人体は夏も冬も産熱(代謝熱分)を放熱する必要があります。
室内で安静にしているときの主な放熱手段は、周辺空気への「対流」と周辺壁、天井、床などへの「放射」です。
「暖房は身体を加熱することではない」と聞くと何か不思議に感じるかもしれません。確かに炎やヒーターに手をかざせば、明らかに手は暖まります。身体が加熱されているからに相違ありません。ただし、この減少の正しい解釈は、「体の一部は、加熱されていても身体全体では放熱している」ということなのです。


 火に当たっている顔などの表面は加熱されるいっぽう、火に当たらない背中などの身体の裏面は、壁などへの放射や空気への対流により熱を奪われ冷却されているのです。人体の代謝による放熱量に表面の加熱量が加算され、裏面からまとめて放熱されていることになるのです。
 日本の家は囲炉裏から発生する煙を排出するために開放的な構造となり、室内空気温度を上げることが不可能なため「採暖」に頼らざるを得なかったのです。
(サーモ写真左 囲炉裏採暖の室内)
いっぽう、「煙突」を発明した欧米では熱と煙を分離できることとなり、日本にはない「暖炉」によって家全体を暖房することが可能になったのです。もちろん気候が日本より寒冷で、夏はそれほど暑くならなかったのも原因しているのはいうまでもありません。
 また、韓国では屋外で炊いた煙を室内床に導く「オンドル(床下を通る煙道と砕石による蓄熱化)」を発明することで、室内に煙を入れずに熱だけを入れる、煙と熱の分離を実現させたのです。
しかし、設備が古くなると煙が室内に充満して一酸化中毒事後が多発したため、現在ではコンクリートに埋設した樹脂パイプの中に温水を流す「蓄熱床暖房」へと発展し、家全体を暖める暖房を実現しています。(サーモ写真上 オンドル暖房)暖房においては勝ち負けではありませんが、韓国に負けていますね。

片側だけ加熱する「採暖」は不快で危険

日本では韓国のオンドルのような本格的な暖房が発展せず、囲炉裏や火鉢といった採暖で寒さをしのいできました。ですから、現在でも残っているストーブや電気ヒーターは、このような「採暖」のなごりなのかもしれません。


こうした「体の一部を加熱する」やりかたは暖を取るということで「採暖」と呼ばれ、暖房とは明確に区別して考えるべきものなのだと思います。
「伝統結構、採暖でいいじゃないか。寒いなかで暮らしている方が、かえって身体は丈夫になって、風邪など引きにくくなる」などと思われるかもしれませんが、この人体の表面と裏面で熱を移動させているのは血液です。血液が体中を循環するうちに表面で加熱され、裏面で冷却されるわけです。


こんなエンジンの「液冷却」のようなことをやらせていては、血管や心臓に大きな負担がかかることは容易に想像できますよね。「採暖」は焚き火にあたる程度の、少しの時間であれば、問題ありませんが長時間となると不快になり、健康面でのマイナスも大きくなってきます。
 冬場に身体全体を均等に穏やかに放熱させるには、やはり空気と壁を適当な温度に保つ暖房が必要になるのです。

究極の快適暖房は、入っているのか、いないのかが分からないようなもの。

それでは、究極の快適暖房とはどのようなものなのかとうと、「採暖」の正反対、つまり、「体の全体から放射と対流によりバランス良く放熱が行われる空間」をつくることです。
こう書くと、ずいぶんとつまらない空間のように思われるかもしれません。確かに寒い外から帰ってきた時、コタツやストーブで「採暖」することは一瞬の「快感」をもたらしてくれます。
しかし、そうした「快感」は長時間続かないのです。
こうした「採暖」は、食べ物ならば肉や魚に例えることができます。おかずにして時たま食べる分にはおいしく、快感をもたらしてくれますが、毎日食べれば飽きてきます。
快感というのは「寒→暖」といった変化によって呼び起こされるものですが、すぐに消えてしまって「寒→暖→暑」へと逆転し、不快になるものです。このような「快感」を呼び起こすための過剰な温度変化は、時に健康を損ないかねません。
日本人にとって、究極の食べものとはおそらく「コメ」です。毎日食べても食べ飽きず、栄養バランスの取れた主食。
このバランスこそが重要です。温熱感の評価においては、「快適」とは「快感が持続すること」ではなく「不快でないこと」が持続することであり、「究極の快適暖房」とは毎日長時間いても不快に感じず体に負担とならない、「コメのような」空間をつくるものなのです。

次回(あなたの家の「暖房」は「暖房」ではありません!?②)に続きます。

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