CONCEPT

家づくりへの想い

健康のための家づくり

住まいは「からだ」であり、自然です。そして、一度建てると、やり直すことが難しものです。
「良い素材で出来た家を、メンテナンスしながら一緒に生きていく」 ―― そういう感覚が必要です。
大東建設はこれからもそんな家づくりを目指します。

インタビュー

大東建設代表 阿部 正昭

大東建設代表、阿部 正昭の、家づくりに対する想いをお伝えいたします。
アレルギーに悩まされ続けた私がたどり着いた、健康のための家づくりの答えです。
同じ悩みを抱える方のお力添えになれれば幸いです。

――大東建設さんは昭和41年に創業。練馬区平和台で地域に根付いた工務店として、50年の歴史をお持ちです。

大東建設は私の父が作った会社で、平成11年に私が跡を継ぎ、代表取締役となりました。

もともと材木店を営んでいた父は栃木県鹿沼市の生まれで、実家が林業を営んでいたこともあり、東京の材木店に丁稚奉公していました。
その後、独立する際に父は練馬という場所を選びました。材木店をやっていくためには、それ相応の広さの土地が必要ですが、当時は練馬も比較的まだ土地が安かったそうです。

また、今の平和台駅の近くに材木市場があり、すごく活気がある時代でした。
そんな練馬で、父の会社は小さな体育館なみの加工場(下小屋※注1)を持ち、その下小屋には常時20年ぐらいの大工さんがいるなど、地域で一番の材木屋にまで成長しました。

注1:下小屋…材木の下ごしらえをするための小屋、ということで「下小屋」と呼ばれる

私もこの練馬区平和台で生まれ育ち、小さい頃から父の会社の下小屋へよく遊びに行っていました。子どもにとっては、職人さんたちが木を刻んでいるところを見るのが、すごく面白かったんです。

でも、子どもの頃に下小屋へ出入りしていたために、小学校に入ったあたりから重度のアレルギーに悩まされるようになってしまったんですよ」

――えっ!? アレルギーと材木に、どのような関係があるのですか?

「材木に含まれている薬剤の影響です。高度経済成長期、日本はどんどん住宅を建てるために、海外から材木を輸入していました。そのなかに化学薬品、いわゆる枯葉剤が含まれている木も、日本に入ってきていたんです。

また、東南アジアは日本よりも高温多湿で、その地域から船便で運んでくる段階で、水分を多く含んでいる材木はカビてしまいます。そこでカビないように、材木を農薬に漬けてから運ぶ。

加工場では、その木を自動かんなで削ります。その削りカス(かんなクズ)は空気中に散ると、下のほうに溜まるわけですね。ちょうど、子どもの身長ぐらいの高さのところに。
そのため、まだ2~3歳だった私は、最も削りカスの濃度が高い空気を吸っていたことになります。実際、病院で検査してみると、農薬や枯葉剤のアレルギー反応が出ましたから。
医師からも『そういうもの(農薬や枯葉剤)に触れたことはありますか?』と聞かれ、それはもう毎日のように触っていましたからね」

――阿部社長に発症したアレルギーというのは、どんな症状だったのでしょうか。

「……もう『いつ死んでもいい』と思うぐらい、つらいものでした。
毎日、当たり前のように頭痛がある。私にとって“あまり頭痛がない”という状態が、イコール“頭痛がない”という状態であったように、ほんのわずかであってもずっと頭痛が続く状態にあったのです。
ひどい時は、頭が痛くてその場にうずくまってしまうぐらいでした。

最初は、それが材木が原因だとは知りませんでした。とにかくつらい。でも、どんな薬を飲んでも治らない。体質改善のためと、いろんなことを試してみたものの、全く治らない。

そこで、薬自体が自分の体を蝕んでいるような気がして、『この状態で生きていても仕方がないから、薬をやめてしまおう』と思い、自分なりに治す方法を考えました。 その過程で気づいたのは、私は化学物質を使っている薬を服用していたんです」

――薬の服用をやめて、症状は治まったのですか?

「薬の服用をやめたのは、小学5~6年生の時でしたが、驚いたのはその後です。
中学校では剣道部に入り、死にものぐるいで練習したことで、そのアレルギーがだんだん治っていきました。

私は喘息も持っていたので、ハードな練習は本当にキツいものでしたが、『死んでもいいから症状を治したい』という気持ちで剣道に取り組み、強くなることで、ますます一生懸命に練習するようになったんです。

すると症状は軽くなっていきました。検査で、私の症状の原因が、材木に含まれている有害物質であったのがわかったのも、この時期です」

――その阿部社長が建築の世界に進もうと思ったのは、なぜですか?

「やはり父を見ていて、私も商売の道に進もうと考えていました。そこでまずは、赤坂のインテリア会社に就職したんです。当時は建築家やインテリアデザイナーがもてはやされていた時代でもありましたし。ところが、そこでも大きな問題が発生しました。

当時はアスベスト全盛の時代でした。
多くの方は、鉄のほうが木よりも熱に強いと思われていますが、そうではありません。鉄は熱に弱いので、鉄骨を組み立てた後、耐火被覆としてアスベスト(注2)を大量に吹き付けます。

注2:アスベスト……石綿のこと。耐久性・耐熱性に優れた鉱石として、建設資材などに使用されたが、その繊維を吸引すると肺がんなど様々な病気の要因となることがわかり、日本でも使用が規制されている。

そのアスベストが吹き付けられている家に入ると、なんと私のアレルギーが再び発症してしまったんです。せっかく治ってきていたのに」

――えっ……。

「アスベストを吹き付けている最中は、現場にいる人間はみんな専用のマスクを付けているので、アスベストが体の中に入ってくることはありません。 しかし作業が終わった後、確認のために家の中に入ると、何かキラキラと飛んでいるんです。煙のような状態で。それがアスベストでした。

私はアスベストを使っている家に行くたびに嘔吐し、具合が悪くなってしまう。でも、だからといって仕事もあるので倒れているわけにはいかない。苦しい時期でした。

当時すでに、ドイツではアスベストが禁止検体となっていました。他の国で禁止されているものを、なぜ日本では使うのか。アスベストは安価だったからです。
私はアスベストの代わりになるものを探しました。しかし、やはり価格は高いし、使うのには時間もかかる。

多くの会社は、アスベストが危険だとわかっていても、『そんなに高くて時間もかかるものを使うと仕事にならない』といった感じで、アスベストを使い続けていたんです……」

――すると、当時の現場で作業されていた方たちは、もっとアスベストを吸い込んでいたわけですね。

「現場でアスベストを吸ったことが原因で何か病気を発症し、亡くなった方は多いと思います。その病気の原因がアスベストだったかを認めるかどうか、という裁判も行われました。

しかし、それもアスベストが規制されてから20年後のこと。裁判が始まる前に、大半の職人さんは引退、あるいは亡くなっているほど、時間が経過してしまいました」

――すると、真相は藪の中ですか。

「そうなんです。ただ、アスベストを使わないと、家を建てることができない。すると建築業界だけでなく、日本全体の経済が停滞してしまう。もちろん、アスベストのようなものを使うことで、経済的に潤い、我々もその恩恵を受けたことは間違いありません。

でも、果たしてそれでいいのか?

私も考えた末に、アスベスト以外のもので耐火被覆を行うようにしました。もちろん代わりの素材は高価なものでしたが、その分他のところで費用を削れるところはないか、と考え、何とか利益を出すようにしていたんです」

――高度経済成長期の、負の遺産ともいえます。

「そのインテリア会社を退職し、大東建設で仕事をするようになっても、たとえばビニールクロス(注)を使うことには反対しました。

注:ビニールクロス…壁紙のひとつ。成文として防腐剤や発がん性物質が含まれており、ドイツでは公共建築での仕様が禁止されている。

ビニールクロスも安価ですので、他の社員からも『今どきビニールクロスを使わなかったら、会社は潰れてしまう』と言われました。 そこで話し合い、徐々にビニールクロスを使わないようにしていったんです。

もし価格の問題でビニールクロスを使いたい、ということになっても、お客様にはビニールクロスのリスクを十分にご説明する、ということは当時から実行していました」

――今、大東建設さんは地域に根付いた経営をされています。

「以前に勤めていた会社は、確かに仕事もたくさん入ってきていましたが、良くないのは“どこにでも行く”ことでした。 たとえば同じような工事でも、都内と川崎でいえば、利益が何百万円も違うんです。それだけ都内と川崎を移動する費用など、経費が必要になっていた。

問題はお金だけではありません。現場が遠ければ、工期はどんどんずれていってしまうし、何か緊急事態が起こっても対応しにくい。遠くの仕事で問題が起こると、次は近くの仕事にも影響が及んでしまう……。

そこで、大東建設では今の地域の仕事に絞ることにしました。その地域で、一つひとつの仕事を丁寧に行う。するとまた、その地域での仕事が増えていく。そこには、経費以上の差があると思っています。

それこそが、私がやりたいと思っていた建築の仕事でした」

――これまでのお仕事を振り返って、どんな思いを抱いてしらっしゃいますか?

「改めて思うのは、建設業界って健康は二の次・三の次と捉えている経営者が多い、ということですね。

人は、毎日、家の中の空気を吸って生活しています。なかでも、一生のうち8割方は室内の空気を吸っていているんです。
もちろん窓を開け、外気を取り込み、換気扇を使って換気をしたりと、外の浄化された空気を入れることも肝心です。
外の空気は、森林や植物で浄化されています。なのに、その空気が家の中に入ってきて、材木に含まれているホルムアルデヒド(注3)で汚染されてしまう。 家の中の空気を汚している一番の要因が、家屋、家具、衣服なんですよ。

注3:ホルムアルデヒド……木材の接着剤・塗料・防腐剤などに使われている、毒性の強い気体。一部の水道水でも検出されている。

衣食住は、人が生活していくうえで欠かせない3大要素。そのうちのひとつ、住についても健康を考えなくてはいけないんです。

有害物質を含んだ素材を使って家を建てても、その有害物質が抜けるまでに10年かかるのか、20年かかるのかは全くわかりません。すると、一生のうちにどれだけ、家から排出される有害物質を吸い込むことになるのか。

……私はもう、自分のような子どもを増やしたくないんです」

――今後の展開は?

「まずは自然の素材を使うことを大前提として、さらに科学的なものも自然エネルギーとともに取り入れたいと考えています。たとえば、断熱・遮熱ですね。

今、日本では入浴中の溺死者が年間で1万8千人にものぼるそうです。実は、そのうち“温度差”で亡くなる高齢者が多いんですね。
暖かい場所から寒い場所に移動すると、人間は血管が収縮されます。たとえば、家の中でも暖かい部屋から寒い風呂場に行くと血管が収縮されるのですが、その状態で熱いお風呂に入ると、収縮した血管が拡張してしまい、脳梗塞や心筋梗塞につながるのです。
その前に、血管が詰まって意識がもうろうとし、お風呂の中で意識を失って溺死してしまう高齢者の方が多いとのことです」

――超高齢化社会を迎える日本としては、検討しなければいけない課題ですね。

「今は“バリアフリー”という言葉が使われますが、次は温度のバリアフリー、つまりできるだけ温度差がない家を作りたいと思っています。
ただ、温度のバリアフリーは、木など自然素材だけではできません。断熱・遮熱のためには、化学的なものであっても、十分に健康に配慮された素材を使い、家の中の温度差をなくしていきます。

家というものは、1回作ると建て直すことが難しい。よく『受け継がれる家』『100年続く家』と言いますが、それは100年間何もしなくていい、というわけではありません。
まずは良い素材で出来た家を、メンテナンスしながら一緒に生きていく。そういう感覚が必要です。大東建設は、これからもそんな家づくりを目指します」

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