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【断熱と暖房の概念を改めて考えてみる】[収納の学び舎【第12回】]
最近では、やっと家の断熱などを少しだけではありますが、考えるようになってきたような気がします。そこで私どもが調度10年前の今ごろお話してきたことを振り返ってみたいと思います。
「素足文化の国なのに、足元が冷える日本の家」
「暖房しても体の芯から冷えるのはなぜ?」
「26℃で寒い家、18℃で暖かい家の違いとは?」
→それらの疑問を解く肝心なキーワードは『MRT』なのです。
日本は欧米とは異なり、高温多湿であるため、革靴では生活できません。そのため、足を綺麗にして素足で生活していますが、冬の暮らしという視点で考えたときには足が冷えてしまうというがあります。
その理由は、顔や手は空気の対流や輻射熱で温度を感じますが、足の裏だけは床に直接触れている、つまり熱伝導で素早く温度を感じるためです。スリッパを履いている場合は影響ないのかというと、そうでもありません。というのは、最も寒さに敏感なのは温度センサーが集中している足首だからなんです。
どうして足は特別に敏感なのかといいますと、人間にとって重要な心臓や脳を守るために、異常や危険を早く察知するためなんです。心臓や脳から離れた足首の温度センサーで床の冷たさを感じ取り、それが信号となって、末しょう部の血管を急激に収縮させます。
そして、このような反応が脳卒中などの引き金になっています。
また、冷えた床に接して住んでいると、関節の炎症、リウマチなどを起こしやすくなります。体質によっては、足の冷えが原因で腸の働きが高まって腹痛や下痢を起こす人もいます。喉の繊毛の動きが鈍り、風邪を引きやすくなる事も医学的に実証されています。
このように、足を冷やすことがさまざまな不健康の誘因になっていることがわかってきました。こういう事実を知らないまま、床の冷たい家が今でも普通に建てられているんです。
高齢者にとって、冷たい床や家の中の温度差は、健康や命にかかわります。その代表が脳卒中です。今では、そのような言い回しではなく、「脳出血」や「脳梗塞」と言われているものがそれにあたります。
どんな場所で脳卒中が起きるかを調べたデータによると、お年寄りがトイレで、あるいは風呂場で倒れることが多いということが分かってきました。
さらに、日本人の、特に高齢者の溺死率が世界で一番高いという、おかしなデータがあるんです。日本では、1年に3万件もの入浴事故があり、そのうち1万1千~1万4千人もの方が入浴中に亡くなられています(東京救急協会『平成12年度入浴事故防止対策調査委員会研究委員会』による推定数)。
その大半が高齢者です。この数字を外国と比べると、日本はダントツで世界のトップです(本誌9号をご覧下さい)。日本のお年寄りが諸外国に比べて特別に海水浴が好き、というわけではないんですよ。
これは、家が寒いから入浴で充分身体を暖めてから寝よう、という日本独特の傾向の結果です。浴槽内での溺死の原因は、無理をして熱いお湯に長時間つかるうちに湯のぼせして気を失い、お湯を飲んで溺死ということのようです。これは、寒い寝室や冷たい布団に対する恐怖心が原因です。
子供の頃、冬の入浴時に、「すぐに出ないで、芯まで暖まりなさい」といわれましたね。21世紀にもなって、家が寒くて入浴で暖を採るという住まいづくりの現状は、決定的にミステークだと言えますね。まるでお笑い芸人がこのことを知ったら、ネタになりそうな話です。
さて、いまどきの住まいでは暖房していない家はないと思うのですが、暖房していてもなぜ「お風呂で体の芯から暖まりたい」と思うのでしょうか?
それは、実際の体感温度が低いからなんです。温度計で室度を測って「いま、何℃です」というでしょう。実は、これだけでは体がほんとうに感じている温度は分らないんです。
人間の体は空気だけでなく、自分の周囲にあるもの全ての表面温度を感じます。周りの表面温度の平均温度をMRT(平均輻射温度mean radiation temperature)といいます。
たとえば冬の朝、床の表面温度が5℃、壁表面が8℃、窓ガラス表面が3℃だとして、夫々の面積比率などを考慮して部屋の平均表面温度が6℃とすると、「MRTが6℃である」と表現されます。このMRTは実際の体感温度に、なんと50%ぐらい影響します。
体感温度の求め方を大雑把な式であらわすと・・・
となります。寒い朝、ストーブやエアコンで空気の温度が26℃になったとしても、MRTが8℃だと、(26℃+8℃)÷2=体感温度17℃というわけです。
いっぽう、MRTが20℃ある図の右側の家では空気が18℃しかなくても体感温度では19℃もあるということなんですね。つまり、これまでの暖房の常識である空気の温度で比較すると、26℃に暖房した家よりも18℃の家のほうが暖かいわけです。
春になって周りのものが20℃ぐらいになってくると、気温が20℃あれば体感温度も20℃です。同じ20℃で春は暖かいのに、冬では寒く感じるのはこのためなんです。
こんなに簡単で、そして重要なことを、建築関係者も含めてほとんどの人が知らないというのは、とても問題だと思います。
さて、「MRTが低くても空気の温度を高くすればいいんじゃないの?」という意見もあると思います。たしかに計算すると同じですね。
ただし、空気の温度を高くしていくと、どんどん乾燥してしまいます。そのために、カゼのウィルスが繁殖し、お肌はカサカサになり、お年寄りにとっては空気温度が高くなることで呼吸が浅くなるなど、健康面で様々な問題を引き起こします。
さらに、MRTが低いと皮膚面からだけでなく、体の中の熱が遠赤外線として輻射で奪われます。
よく、炭で焼き鳥などををすると遠赤外線で肉の芯までよく火が通る、といいますね。
これはその逆に、遠赤外線で熱が奪われていくわけですから、体の中から冷えてしまうわけですね。正確に言うと、血液や筋肉から熱が直接奪われる、ということです。
この結果、頭がのぼせるほど空気を暖めても、MRTが低いと、常に体の芯が冷えた状態になります。低体温になり、体の免疫機能が低下する。これが最も健康に良くないのです。
では、MRTを高くする(壁や天井、窓ガラスの表面温度を高く保つ)にはどうすればいいのでしょうか?
まず、断熱をしっかりして建物から逃げていく熱をできるだけ少なくすること。窓や玄関ドアの影響も物凄く大きいですから、高性能な開口部にすることも重要です。
そのうえで、逃げていく熱と同量の熱エネルギーを常時、室内で放熱すること。これが暖房ですね。一般的には寝るときに暖房を切るし、使わない部屋や廊下は暖房していませんから、壁や窓はいつまでたっても冷えたままです。常時暖房することで、壁や天井、家具などの表面温度は適温に維持されるようになります。
これは暖房装置をつけっ放しにするということではなく、深夜電力や太陽熱などをうまく利用した蓄熱暖房や床暖房などがお薦めです。
さて、人によっては「暖房が嫌い」、という人もいるようです。これもMRTが関係します。これまでの空気を暖める暖房では、頭がのぼせるほど暖かくしすぎる傾向があります。
高齢者は温冷感、とくに寒さに対する感度が低下していますから、極端に熱い暖房を行うこともあるんです。熱いお風呂に平気で入ってしまうのも、逆に肌寒くても暖房をがまんしているのも、温冷感の低下によるものです。
したがって、気がついたときにはお風呂で失神してしまったり、暖房が遅れて体の芯まで冷え切ってしまうという危険があるんです。
こまめにスイッチを操作したり、温度を調整する暖房装置と言うのは、高齢者自身の温感に任せるのは危険なんです。下の図は冷房と暖房しかない(OFFがない)コントローラーを渡し、室温調整を任せたときの若年者と高齢者の比較データです。若年者は徐々に適温になるように持っていけますが、高齢者の場合は適温がわからず、室温が定まらない様子がわかります。
そういう意味では、常時一定の温度で、言い換えれば暖房を入れたり切ったりする必要のない暖房システム、特に床暖房で全室を一定温度に保つ方法が適しています。
これからリフォームをご計画される方には、廊下もトイレも、浴室のなかも一定の温度に保たれるよう、建物全体の断熱改修工事をおすすめします。
暖房されている部屋はよいが、そうでない廊下、洗面所やトイレの床面等では、やはり足部の急激な冷えが誘因となって脳卒中などが生じ易くなる事は避けられません。高齢化に備えて危険な環境、つまりゾクッとする冷えた空間を住宅の中につくらないということが重要なんですね。
インテリアも重要ですが、何よりも温熱環境を良くするという、視点をぜひともお忘れなく。本日の内容は、ちょうど10年前のものですが、2022年の今でも、今から10年後、20年後であっても、まったく陳腐化しない内容になっているのではないでしょうか。
もう一度、断熱について考え直してみることをお奨めいたします。
[収納の学び舎【第12回】]
【子供の心の成長を促す、テリトリー形成力を育むリフォーム計画とは?】
静岡大学教育学部の外山教授は、子供の不登校や引きこもりと住まいの関係の研究を通して、独自の住居学理論を確立してこられました。その理論の中核をなすのが「テリトリー形成力」という、一般的には聞きなれない概念です。
テリトリー、すなわち自分の「なわばり」という自己イメージを持てずに成長した子供に不登校や引きこもりという現象が多く見られることを、多くのフィールドワークから実証し、この能力の発達に配慮した住まいづくりを強く提唱されています。
「家に自分の居場所があることに確信が持てない、つまりテリトリー形成力が未発達のままの子供が増えています。子供だけでなく、家族一人ひとりの居場所がしっかりあること、そしてそれがバラバラではなく、有機的に結びついていること。
このような家が理想の家だと思います。豊かな人間関係が背景にあって、それが現れるのが間取りなのです」。そして、「人は自分のテリトリー(居場所)を確保してから次に他人との関係を自覚し、思いやることができるようになります。このような心の成長を助ける間取りの工夫が必要です」と語ります。
例えば、12畳のオープンな子供部屋があったとします。子供が成長すると、一般的には図の上のように6畳の部屋2つに仕切ってしまうのですが、外山先生の提案は、図の下のようなプランです。
「片方の6畳を2つに分けて、3畳を2つ。ここにそれぞれベッドと机を置きます。そうすると、6畳がひとつ空きますね、ここを兄弟の共通の居間(キッズリビング)にします。そうすると、ここで兄弟のかかわりができるのです。
ひとりの子どもが使う面積は3畳と6畳を合わせて9畳になります。6畳ふた間の12畳が9畳プラス9畳=18畳に使えるわけです。キッズリビングは居間の延長でもありますから、居間とダブルで計算すると、さらに多くのスペースを使うことになります」。
このように、いきなりドアのある個室を与えて家族から分離するのではなく、「ゆるやかであいまいな間仕切り」を工夫することで、徐々にテリトリー意識やプライバシー感覚の発達をうながすようにします。
そして、いつも家族が集まってくるような「気持ちのいい空間=リビング」づくりの工夫も重要です。単に、吹き抜けがあるとか、広々しているというような「空間」をつくるのではなく、子供の前で両親が生きいきと暮らす姿を示せるような「場」をつくる工夫が必要になるわけです。
そのためには、住居学、家族学そしてできれば社会学という智恵を身につけて、住まい方を考えていきましょう。